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ゴルフ漬人生 2018年65歳を迎えてサラリーマン生活に終止符を打ち、2019年6月からは悠々自適な生活を過ごしてきました。1971年18歳にゴルフを始めて55年目になろうとしていますが、ゴルフ漬で過ごしてきた人生で、特に印象に残ることを紹介させてください。 中学・高校とバスケットボールに没頭し、宇都宮で開催された全国大会(俗にいうインターハイ)にも出場しましたが、大学で続けなかったのは、当時のバスケは1964年東京オリンピックで金メダルを取ったバレーボールほどの人気がなく、また大学のバスケ部の存在も知らなかったからです。 大学教養時代の2年間は父が通うゴルフ練習場で球拾いをしながらお客様の少ない時間帯にドライバー1本で練習していました。そんな時、教養時代のクラスメートだったゴルフ部キャプテンに誘われて入部しました。遠征など部活に必要な資金集めに苦労していたようで、私が幽霊部員(部に所属するだけの部員)でも「部費さえ払えばよいから」と入部しました。
正式な活動は3年生からで、2年前に入部した同じ学年の同級生とは先輩後輩の関係で。学年では2年後輩となる新入部員と一緒の扱い、先輩のバックを担ぐなどの下積みから始まりました。その後、新人戦などで実績が認められ、4年生には公式競技の正選手となりました。嬉しかったことは、1976年の札幌国際CC島松コースで行われた7帝戦(現在は8大戦)の個人戦で5位になり、部の中では先輩を抜いて最高位だったことです。これが契機となり、もう2年ゴルフすることにし、大学院に進学。大学では結局4年間ゴルフ部に所属し、マナーを含めたゴルフの基礎を学ぶことができました。 1979年の電電公社(現在のNTT)就職の際、幹部面接では、ゴルフの話題に終始し、苦手な社会常識に話が及ばなかったのは幸いなことでした。その後、10年ほど寝食を忘れて仕事に没頭し、ゴルフより睡眠という生活を繰り返しました。とはいえ、休日には、独身寮の屋上で、友人にお願いして
デジカメ(当時はスマフォのような動画を撮影する機器はなし)で何枚もスイングプレーンを撮ってもらい、スタンス・テイクバック・トップ・ダウンブロー・インパクト・フォロースルーの写真を並べて自己分析したものです。NTT株で少し儲けたところでゴルフ会員権を購入し、月例などに参加し、オフィシャルハンディ9までいきました。その後、残念ながら買収され会員権は紙くずとなってしまいました。
NTTには総じてゴルフ好きが多く、職場コンペがよく行われました。当時は安いゴルフ場が当たり前で、真冬の寒い河川のゴルフ場で鼻水を垂らしながらやったものです。その後、接待を受ける立場になるとラウンド数が増え、年間20数回程度になりました。NTTコミュニケーションズ゙に勤務していた頃には、某大手自動車メーカの幹部を接待することになり、当時の副社長のお供で真剣にプレイしたのですが、お客様を憤慨させることになってしまいました。お客様は百獣の王、私を含めNTT側 3名は全員80台。
その後、お客様訪問して商談の具体論を進める際に、お客様の一言「もう君とはゴルフしたくない」で見事失注しました。営業のイロハを知らないNTT社員でした。 45歳頃、妻の紹介で地域のソフトボールチームに加入しました。「会社の肩書がなくなるとだれも近寄ってこなくなるよ。日ごろ付き合いのない隣近所にお友達を作ったら?」というアドバイスでした。毎日曜日のソフトボールはゴルフにはない下半身の鍛錬になり、その後の飛距離アップに繋がりました。そのためか、年齢と共にスコアはよくなる一方で、60歳になってからは益々向上。 2016年と2017年には年間平均ストロークで80を切り、直近の2024年と2025年には80.Xという年齢と反比例するスコアを維持しています。 ここで、少し家族の話をさせてください。見合い結婚だったわが夫婦ですが、結婚の条件として「ゴルフに関しては治外法権」と申し入れたところ「ゴルフをした日は食器を洗うこと」と逆提案され交渉成立。次男はサッカー、野球、ソフトボール、フットサル、サーフィンとスポーツ好き。お下がりの道具では飽き足らず、ハイスペックな中古クラブで私のお古のボールを使っています。ゴルフに関心のない長男がハワイで結婚式を挙げてくれたおかげで、まだ初心者だった次男と一緒にオアフ島のコースを楽しむことができました。ゴルフという共通の話題を次男と持つことができて、ありがたく思っています。 NTTにおけるゴルフ談議では、どうしても外せない人物がいます。私より5歳年上、オフィシャルハンディが多分1、2018年69歳の時に東京オリンピックの会場となった霞が関CCでエージシュートを達成した人物です。この方とは、毎年、群馬にある下秋間CCで行われる大きなコンペでご一緒します。彼のグロススコアに追いつき追い越すことが目標ですが、76前後では、届きそうで届かない。2018年の大会では、私が75、彼が76で悲願達成でしたが、これが最初で最後かも。70を切ることを常に考えている下手なプロゴルファーに対して、80をいかに切るかを考えている上手なシングルプレイヤとの差は歴然なのです。とはいえ、この先輩を打ち負かすことが生涯の目標であるエージシュートに繋がると思えば、日々研鑽するモチベーションとなります。
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